「二兎を追う者は一兎も得ず」

このことわざを知った時、
子どもながらに不思議に思ったものだ。

なぜ、この話者は、
走って二兎を追おうとしているのか?

二兎が入る罠を仕掛けたり、
スナイパーみたいに1つの弾丸で二兎を直線的に撃ち抜いたり(残酷ですみません)しないのか。

さて、ここから本題。

「二兎を追う者は一兎も得ず」
に似た考え方として、
「仕事か子育てか、どちらかを選ばなくてはいけない」
というものがある。

もう議論しつくされたことで、ものすごく古い考え方のようにも聞こえる。でも、やっかいなことに、ゾンビのように姿かたちを変えながら女性をいつまでも追いかけてくる考え方でもある。

「事業で成功したいなら、子どもは諦めなくちゃね」
「子どもを育てながら会社を続けようなんて甘いんじゃない?」
「子ども産みたいんだ。じゃあしばらく仕事はできないね」

子どもがいない女性には子どもがいる生活を明確にイメージすることは難しい。なので、世の中の言論をつい真に受けてしまう。

そういう私もつい最近まで、周りのそのような言葉を真に受けてしまっていた。

私の場合、「事業を軌道に乗せるまでは子どもなんて産めない」と思い込んでいた。

だから、かなり長い間、子どもを産むのを我慢していた。

子どもを産みたいという気持ちがありながら我慢するのは本当に辛かった。

同世代の女性が小さな子どもを連れて歩いていると、下腹部がチクチク痛む。彼らが通り過ぎると、涙がじわっと出てくる。

小さな子どもの柔らかそうなほっぺた、ぷくぷくとした手足、優しく話しかけるお母さんたちを見るたびに、「これは私がまだ手にしてはいけない幸せなんだ」と思っていた。

そのようにして、気づいたら私は38歳になり「リミットが近づいてきている」と言われる年齢になった。

その年齢になって気づいたのは、
自分の子どもを持ちたいと思うのも、
社会に認められたいと思うのも、
私の本能なんだということ。

それも、体の奥から燃えたぎるレベルの本能だ。

そのような本能が、自分の中に2つあるのなら、周りの声を無視して突き進んでもいいのではないか、初めてそう思えるようになった。

健康上の理由で、子どもを産むのが無理な可能性だってもちろんある。

でももし自分に可能性があるのなら、子どもを育ててみたいし、事業もしっかりと成功させたい。

数年前のマルボロの広告に、
「二兎を追う者だけが、二兎を得る。」
というものがあったけど、
ありとあらゆる手段を使って、二兎を追って、二兎を得てもいいんじゃないかと思っている。

これは私より下の世代の方や、出産だけでなく職業の選択で悩んでいる方にも言いたいことなのだけど、「二兎を追うな」という周りからの言葉をまともに信じてはダメだと思う。

そういう言葉を発する相手は、走って追う方法しか考えていないんだ。常識や個人的な経験の範囲内でしか考えられないんだ。

巨大な網を使う。
小型ジェット機で追う。
もう一匹の兎を捕まえてくれる人を雇う、など。
二兎を追う方法はたくさんある。

これは今後の自分へのメッセージ。
他人の常識を疑え
自分の声を聞け
そして、
二兎を追いたいなら二兎を追え!

たくさんの人が、二兎を追える社会になりますように。